【悪魔】レヴィアタン(リヴァイアサン)とはなにか?意味、エピソード、イラスト、元ネタ紹介

目次

レヴィアタンとは

意味

「レヴィアタン」とは?意味と定義

・レヴィアタン(Leviathan):レヴィアタンは聖書に由来する悪魔であり、海の獣である。蛇、龍、鰐(わに)、ドラゴンの支配者、大きな船といったように様々な姿で描写されることがある。サタンとしても扱われることがある。『ヨブ記』や『イザヤ書』でレヴィアタンに関する記述がある。『ヨブ記』では口から火炎を出し、鼻からは煙が出ており、鱗をもち、槍も刺さらない皮膚をもっているとされている。

レヴィアタンは旧約聖書では必ずしも悪魔として扱われているわけではなく、最強の獣であり生き物にすぎない。中世以降のグリモワールや悪魔学によって、悪魔として解釈されることがある。

1647年には『ルーヴィエの悪魔憑き事件』で、人間に取り憑いた悪魔の一人とされている。『アブラメリンの聖なる魔術書』のようなグリモワールでは、地獄の最高四君主の一人として紹介されている。著名な政治哲学者ホッブズは1651年に『リヴァイアサン』という本を書き、抑圧的な国家のシンボルとして表現している。

リヴァイアサン、レヴィアタン、レヴィヤタンなど呼びかたが様々。

レヴィアタンの外見の特徴

1:鼻から煙

2:口から火炎

3:喉は燃える炭火

4:猛威の宿る首

5:石のように硬い心臓

6:楯の列がある

7:槍も刺さらない皮膚

8:幾重にも重なった筋肉

9:陶器の破片のような腹

10:曲りくねる蛇

11:海のドラゴン

レヴィアタンが言及されている文献

1:『ヨブ記』第41章

2:『詩篇』第64篇14節、第104篇26節

3:『イザヤ書』第27章1節

4:『ヨナ書』

5:『エノク書』

レヴィアタンという言葉の意味

レヴィアタン(レヴィヤタン)はヘブライ語で「集まって襞(ひだ)をなすもの*壁という表現もあるのでどちらか誤り」、あるいは「引き出されるもの」という意味らしいです(『地獄の辞典』,438P)。

一般には『ヨブ記』で言及されているような水と結びつく巨大な生物を意味しているそうです。ワ二、クジラ、ヘビ、ドラゴンなど諸説解釈があります。

レヴィアタンに関するエピソード

『ヨブ記』:レヴィアタンとはなにか

「ヨブ記」とは?意味と定義

・『ヨブ記』:旧約聖書に収められている書物の一つ。紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献とされている。内容は信仰深い人間のヨブが、神やサタンに試される話である。人間に無償の信仰心や無償の愛というものはあるのか?という興味深い内容。

サタンはヨブの信仰心を疑い、「信仰は利益を期待してのもの」と神に対して言う。神はヨブを信頼し、ヨブから財産を没収してどうなるか試してみることにする。財産を没収してもヨブの信仰心は変わらなかった。さらにサタンはヨブを肉体的苦痛を与え、ヨブを皮膚病にする。それでもヨブの信仰心は変わらなかった。サタンは敗北し、ヨブは財産を元に戻される。

神とサタンがヨブを試す過程ででる災いのひとつに、有名なビヒモス(陸の獣)やレヴィアタン(海の獣)が登場する。これらの獣はのちのち、悪魔として伝えられることになっていく。

ヨブに襲い掛かるサタン (ウィリアム・ブレイク)

ヨブに襲い掛かるサタン (ウィリアム・ブレイク)

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98

『ヨブ記』でレヴィアタンについて言及されている箇所は41章だと思われます。WIKIの口語訳と、書籍の訳では微妙に違います。

13 だれがその上着をはぐことができるか。だれがその二重のよろいの間にはいることができるか。

14 だれがその顔の戸を開くことができるか。そのまわりの歯は恐ろしい。

15 その背は盾の列でできていて、その堅く閉じたさまは密封したように、

16 相互に密接して、風もその間に、はいることができず、

17 互に相連なり、固く着いて離すことができない。

18 これが、くしゃみすれば光を発し、その目はあけぼののまぶたに似ている。

19 その口からは、たいまつが燃えいで、火花をいだす。

20 その鼻の穴からは煙が出てきて、さながら煮え立つなべの水煙のごとく、燃える葦の煙のようだ。

21 その息は炭火をおこし、その口からは炎が出る。

22 その首には力が宿っていて、恐ろしさが、その前に踊っている。

23 その肉片は密接に相連なり、固く身に着いて動かすことができない。

24 その心臓は石のように堅く、うすの下石のように堅い。

25 その身を起すときは勇士も恐れ、その衝撃によってあわて惑う。

26 つるぎがこれを撃っても、きかない、やりも、矢も、もりも用をなさない。

27 これは鉄を見ること、わらのように、青銅を見ること朽ち木のようである。

28 弓矢もこれを逃がすことができない。石投げの石もこれには、わらくずとなる。

29 こん棒もわらくずのようにみなされ、投げやりの響きを、これはあざ笑う。

30 その下腹は鋭いかわらのかけらのようで、麦こき板のようにその身を泥の上に伸ばす。

31 これは淵をかなえのように沸きかえらせ、海を香油のなべのようにする。

32 これは自分のあとに光る道を残し、淵をしらがのように思わせる。

33 地の上にはこれと並ぶものなく、これは恐れのない者に造られた。

34 これはすべての高き者をさげすみ、すべての誇り高ぶる者の王である」。

https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)#%E7%AC%AC41%E7%AB%A0

『ヨブ記』口語訳 42章

内容を見る限り、ヨブ(人間)に対して神が「わたしはすごいぞ、おまえにできるのか」と自慢しているような(?)場面に見えます。わたしにはこんな最強の獣をつくることもできるぞと。私のような全知全能のものと議論するために答えろと神はいうわけです。結局、ヨブは「あなたは全知全能です、なんでもできます」と答えます。

そもそも神がなぜヨブに対してこのような態度をとるのか気になりますよね。『ヨブ記』は罪を犯していないヨブが突然財産を没収され死の病を患い、それでも信仰心を保つことができるかというテストみたいな物語です。サタンが人間を疑い、神と話して人間を試しているのです。

私ならこの世に神なんていない、私はこれまで罪を犯さずに生きてきたのにどうしてこんな仕打ちを受けるのか?と神を呪うかもしれません。このような態度をとってしまうと、利益のために信仰していることになり、サタンが疑った通りになってしまいます。ヨブは「不幸もいただこうではないか」と信仰心を捨てませんでした。そしてサタンが負けました。その後でも議論が続きます。

ヨブは他の人間と議論します。ヨブの友人は「罪を犯したからヨブは財産を没収された」のではないかといい、ヨブは「そんな罪は犯していない、私は潔白だ」といいます。じゃあ犯した罪はなんだという話にになってもなかなか証明することができません。

仮に罪を犯していないヨブが財産を没収されたとしたら、神が間違えて災いを起こしてしまったということになりかねないわけです。「因果応報」という言葉がありますが、それによれば過去に悪いことをしたら未来に悪いことが起こるという考えになりますよね。しかしヨブは悪いことをしていないのに、災いを被ったわけです。

神が全能なら過ちを起こすわけがないので、結局財産を没収され、病気になったのだからヨブは罪を犯したのだという結論になり、それでもヨブは罪を犯していないという堂々巡りになるわけです。なんともややこしい。

そこでヨブは神に語りかけ、神はヨブに対して「わたしが世界を創ったときにどこにいたのか」というようなことをいうわけです。つまり、私は全知全能だ、お前ごとき無知が何を知っているのかと聞くわけです。

その過程でレヴィアタンがでてきます。口から火が出て、剣も槍もきかない最強の獣です。そしてレヴィアタンを創造したのが神です。こんなすげー獣も創ったぜ!!!というわけです。

神に勝つには、小さい存在のヨブが、創造物の性格を変え、消滅させなければならない[30]と、創造を否定しなければならないという矛盾がある。ましてや、神の性格を人間が決めているのではない。

ベヘモットレビヤタンという最も強い獣を象徴する(空想上の)動物の解釈は様々であるが、素直に各々の動物の性質や物語の意義を考えて、(ヨブが遭遇した)混沌・災い(をもたらす動物)も神の創造の活動の一部であると理解することもできる。世界には人が思い通りにならない災いがあるが、世界は災いではなく、すべては神の支配下にある。

ヨブは、神には計画が成就されつつあることを知り、新たな発見があり、神に出会えて喜び、自分の神への失礼に気づき塵と灰の上で伏して自分を悔い改める[31]。ヨブの不満はなくなった。神の正義も災いも、無償の愛に起因して、無償の愛の中に成立している。(「神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」(2:10)と述べたヨブの正しさに帰結する。)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98

引用したのはレヴィアタンに対するWIKIに載っていた解釈です。レヴィアタンという最強の獣は人間に災いを及ぼすことも考えられます。超強大なクジラが津波を起こして街を飲み込むようなイメージです。まさに自然災害のメタファー(比喩)的な存在ではないでしょうか。そんな災害も、神の創造物なのです。地震、雷、病、あるいは悪魔でさえ全て神が創造したものです。

ヨブは幸せを頂いていたのだから、不幸もいただこうと解釈するようになります。「神の正義も災いも、無償の愛に起因して、無償の愛の中に成立している」というところですね。

神は全知全能ですごい、人間は神が全知全能かどうか考えることすらおこがましいといった感じなんですかね。災いが起きたときも、神が創造したものだから受け入れましょうといった感じです。

なんの罪も犯していない赤子が病気で死ぬとき、その赤子はなんの罪を犯したんだ?と神に問いかけるようなシーンを昔映画かなにかで見たことがあります。ヨブのように、神は全知全能であり、不幸もいただこうではないかという深い信仰心を保てるのはすごいですね。

結局ヨブは財産を返してもらい、病気も治ってめでたしめでだしです。その意味では信仰心を持つものは救われるという教訓なのかもしれないですね。

『ヨブ記』:レヴィアタンはワニ?

さきほど口語訳を紹介しましたが、もう少しわかりやすい訳が載っているものを見つけましたので紹介いたします。

彼が立ち上がれば神々もおののき、取り乱して、逃げ惑う。

剣も槍も、矢も投げ槍も、彼を突き刺すことはできない。

鉄の武器も麦藁となり、青銅も腐った木となる。

弓を射ても彼を追うことはできず、石投げ紐の石ももみ殻に変わる。

彼は棍棒を藁とみなし、投げ槍のうなりを笑う。

彼の腹は鋭い陶器の破片を並べたよう。

脱穀機のように土の塊を砕き散らす。

彼は深い淵を煮えたぎる鍋のように吹き上がらせ、海をるつぼにする。

彼の進んだ跡には光が輝き、深淵は白髪をなびかせる。

この地上に、彼を支配する者はいない。

彼はおののきを知らぬものとして造られている。

驕り高ぶるものすべてを見下し、誇り高い獣すべての上に君臨している。

『ヨブ記』41章 『堕天使 悪魔のプロフィール』(新紀元社)より引用

レヴィアタンがワニとして解釈される理由として、「鋭い陶器の破片を並べたよう」といった表現が大きいと思います。

レヴィアタンのイメージ

レヴィアタンのイメージ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%8B

ワニは丈夫な鱗で覆われています。それに牙もあります。口語訳では「だれがその顔の戸を開くことができるか。そのまわりの歯は恐ろしい」とあります。確かにワニの歯は鋭利でびっしり揃っていて恐ろしいですよね。ワニは川のイメージですが、実は海水にも対応しているんですよね。

ワニは人間も襲い、捕食します。したがって「災いの獣」としてのイメージとも合致します。体重が1トンを超える巨大なワニもいるそうです。

ただし、口語訳では「その背は盾の列でできていて、その堅く閉じたさまは密封したように、相互に密接して、風もその間に、はいることができず、

互に相連なり、固く着いて離すことができない(15-17)。」とありますが、ワニでそのようなことはないそうです(「『悪魔の辞典』438P」)。

たしかにそこまでびっしり鱗が敷き詰められているわけではなさそうですね。しかしそんなことをいい出したらそもそもワニは火を吹きませんからね。ワニや蛇やドラゴンをモデルにして、強い獣を考えたといったほうがよさそうです。

他にも鯨と翻訳した人もいるそうです(同上)。

『イザヤ書』:レヴィアタンはヘビ?ドラゴン?サタン?

「イザヤ書」とは?意味と定義

・『イザヤ書』:預言者イザヤによる体験が記された預言書。紀元前8世紀の預言者イザヤによって語られたものとされている。諸説あるが、『第一イザヤ書(1-39章)』までがイザヤ自身によって語れれたものとされているらしい。旧約聖書の三大預言書のひとつ。他には『エレミヤ書』、『エゼキエル書』がある。

【歴史の知識補足】

イザヤは南王国ユダの首都エルサレムで活動した宮廷預言者だったとされている。ユダ王国は紀元前10世紀から紀元前6世紀にかけて古代イスラエルに存在した王国。統一イスラエル王国が南北に分裂し、その南にできた王国の名前がユダ王国。ヤコブの子であるユダの名前に由来している。

ユダ王国は紀元前609年に新アッシリア王国のバビロンの王であるシャルマネセル5世によって占領され、滅ぼされた。その後アッシリア王国は衰退したしユダ王国は独立したが、エジプトに負け、エジプトの支配下に入った(紀元前609年,メギドの戦い)。さらに紀元前597年にエジプトが新バビロニア王国のネブカドネザル二世に負け(カルケミシュの戦い)、ユダ王国も新バビロニア王国に屈した。

紀元前568年に有名な「バビロン捕囚」が行われますが、これはユダ王国がエジプトと組んで新バビロニアと対抗しようとしたことがバレたからエルサレムが破壊され、ユダ王国の支配者たちが首都バビロニアに連行された事件です。

【概略】

紀元前8世紀にイザヤによって伝えられたものと言われています。

内容は私は全て読んでいないのでWIKIの要約にまかせます。感覚的なイメージでは神様は私に言いました、愚かなことはやめてもっと信仰深くしましょうといったところでしょうか。「 かつては忠信であった町、どうして遊女となったのか。昔は公平で満ち、正義がそのうちにやどっていたのに、今は人を殺す者ばかりとなってしまった(第1章-21)。 」とあるように、退廃的な状況を憂いていますね。

戦争に関する予言、つまりユダ王国が今後どうなるか、神がどういうことを仰っているかというのがメインです。

  • 1章には、『アモス書』にあるような生贄祭儀批判が見られる。
  • 2章では、人間の傲慢戦争[5]が非難の対象となるが、この神ではない人間の高ぶりは、イザヤの預言の重要な主題の一つである。
  • 6章は召命記事である。
  • 7-8章はシリア・エフライム戦争英語版に関するものである。(インマヌエル預言)
  • 13-14章は、バビロニアに関する預言であり、アッシリアの時代に生きた第一イザヤの預言と考えるのは不自然なので、後代に帰される。
  • 24-27章は黙示的であり、バビロン捕囚以後に帰されることが多い。
  • 34-35章は、第二イザヤ書に類似していることが一般に認められている。
  • 36-38章では、アッシリアの王センナケリブによる侵略が描かれる。紀元前701年にエルサレムは辛うじて陥落を免れたが、これがシオンの選びの確証と捉えられたと考えられる。同一の事柄に関する『列王記』下18-20章の記述は、ヒゼキヤが貢納を課せられたことに触れているが、この『イザヤ書』では言及されていない。
  • https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%A4%E6%9B%B8

さて長い『イザヤ書』の中でいったいレヴィアタンはいつ登場するのか。

27章の1で「 その日、主は堅く大いなる強いつるぎで逃げるへびレビヤタン、曲りくねるへびレビヤタンを罰し、また海におる龍を殺される。 」とあります。この文章で「へび」と表現されていることから、レヴィアタンは蛇のイメージがつけられたのだと思います。文脈的にはよくわかりませんが、へびレビヤタン=海におる龍ということで殺されたみたいですね。

『悪魔の辞典』では「聖書(イザヤ書)ではレヴィアタンが『曲がりうねる蛇』にして『海にあるドラゴン』だと述べられているーおそらくサタンの多くの変身のひとつにふれているのあろう。このドラゴンはヘブライ語ではtanninで、荒涼とした土地に住む蛇の性質をもつ生物を指すものだが、英語の翻訳では正しく扱われておらず、「鯨」や『海の魔物』等にされており、事実の対応は見られないようだ(『悪魔の辞典』,280P)」とあります。

ヘブライ語で本来蛇を指すものが、英語の翻訳過程でドラゴンや鯨にされたということでしょうか

【補足】

『ヨブ記』が紀元前3世紀から5世紀で、『イザヤ書』が紀元前8世紀頃といわれているので『イザヤ書』のほうが先です。

その日ってどの日やねん、と思いますよね。その日という文章をさかのぼると、第2章の2の「終りの日に次のことが起る。主の家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、 」というところになります。

「終わりの日」は世界の終わりではなく、ユダ王国の終わりの日のことではないでしょうか。第2章の1では「アモツの子イザヤがユダとエルサレムについて示された言葉」とあるからです。なにが終わりなのかは正直よくわかりません。

WIKIでは27章はバビロン捕囚以後の黙示的な内容とあります。キリストで黙示といえば、神が預言者に与えた「秘密の暴露」です。

正直27章を読んでも何を言っているかさっぱり不明です。蛇と龍が出てきますが、おそらくなにかの比喩表現だと思います。『ヨブ記』ではレヴィアタンの姿がワニにたとえられましたが、ワニはもともとエジプトのナイルワニを想起させる生き物でもあります。当時エジプトはユダ王国の隣国でいつ襲われるかと怯えていたので、レヴィアタンはエジプトあるいは敵対する国の比喩として解釈できるのではないでしょうか。

12 イスラエルの人々よ、その日、主はユフラテ川からエジプトの川にいたるまで穀物の穂を打ち落される。そしてあなたがたは、ひとりびとり集められる。

13 その日大いなるラッパが鳴りひびき、アッスリヤの地にある失われた者と、エジプトの地に追いやられた者とがきて、エルサレムの聖山で主を拝む。

『イザヤ書』27章

27章の12-13でエジプトが出てきます。

歴史的な背景がややこしいんですよね。まずユダ王国はアッシリア王国に征服されていましたが、アッシリア王国が衰退していき、ユダ王国が独立国として回復しつつありました。しかしバビロニア王国という新たな敵が出てきました。エジプトはバビロニア王国を倒すために、アッシリア王国の生き残っている人々の協力を得ようとアッシリアへ行く途中でユダ王国を訪れました。しかしユダ王国の王様であるヨシアが通行の許可を与えず、エジプトのネコ2世と戦争になりユダ王国が敗北します(メギドの戦い)。

新バビロニア王国がエジプトに勝ったことで(カルケミシュの戦い)、エジプトの属国であったユダ王国も新バビロニア王国に屈することになります。ただし独立国として許されていたそうです。しかし、ユダ王国はその後エジプトと共謀して新バビロニア王国に対抗しようとしていたことがバレたため、新バビロニア王国によって首都エルサレムが破壊され、囚人として貴族たちがバビロニアへ連行されることになってしまいます(バビロン捕囚)、。

エジプトは敵だったり味方だったりするわけですが、王様が殺されて属国にされてるのでほぼ敵ですよね。

P・H・ゴッスという人はレヴィアタンに関する論文で、レヴィアタン=ワニを前提に議論しているそうです。

ゴッスの結論は、クロコダイルがエジプトのエンブレムであり、『クロコダイルの姿によって一般大衆に崇拝された・・・邪悪なデーモン』、テュフォンのイメージの一つとして採用されたというものである(『悪魔の辞典』439P)。

真野陸也によれば「神が創造したとされるこの怪物の目的については諸説あるが、”悪”についてのさまざまな概念の具象化されたという見方が支配的だ(『堕天使 悪魔たちのプロフィール』52P)」といっています。ヨブ記でも災として解釈されているので、悪として解釈するのも理解できます。悪も災いも神の創造物だということです。

『詩篇』:レヴィアタンは船?食糧?

「詩篇」とは?意味と定義

・詩篇(しへん):旧約聖書に収められた150篇の神(ヤハウェ)への賛美の詩。賛美とは辞書的な意味では「ほめたたえること」です。ユダヤ教では「テヒリーム(賛美)」というらしいです。多くの詩がダビデの作と言われていますが、諸説あるようです。ダビデは前1000年-前961に在位していた古代イスラエルの王様です。旧約聖書では『サムエル記』と『列王記』でも登場します。

【悪魔との関連】

レヴィアタンが登場しています

【74篇】

14 あなたはレビヤタンの頭をくだき、これを野の獣に与えてえじきとされた。

【104篇】

24 主よ、あなたのみわざはいかに多いことであろう。あなたはこれらをみな知恵をもって造られた。地はあなたの造られたもので満ちている。

25 かしこに大いなる広い海がある。その中に無数のもの、大小の生き物が満ちている。

26 そこに舟が走り、あなたが造られたレビヤタンはその中に戯れる。

27 彼らは皆あなたが時にしたがって食物をお与えになるのを期待している。

https://ja.wikisource.org/wiki/%E8%A9%A9%E7%AF%87(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)

ここで出てくる「あなた」とは神のことです。13節では「あなたはみ力をもって海をわかち、水の上の龍の頭を砕かれた。 」ともあります。詩篇は神を賛美する詩のあつまりです。

さて「野の獣」とはなんでしょうか。さっぱりわかりません。ある文献ではレヴィアタンの頭を砕いて”人々”の食糧にしたと解釈していました(「『天使』と『悪魔』がよくわかる本」,209P)。

レヴィアタンは海の舟の中にいるらしいです。戯(たわむ)れるとあるので、遊んでいるかふざけているか、みだらなことをいしているのでしょう。27節で「彼ら」とあるのは、複数形なので「大小の生き物」を意味しているのでしょうか。つまり74篇と同じように、レヴィアタンは食糧的な存在なのかもしれません。

WIKIには「世界の終末には、ベヒモスとレヴィアタンは四つに組んで死ぬまで戦わさせられ、残った体は終末を生き残った「選ばれし者」の食べ物となる( ローズ『世界の怪物・神獣事典』、389頁)」とありますが、どの聖書からの解釈なのか不明です。書籍をあたってみましたが、参考文献の提示が適当すぎてどの解釈がどの聖書に依拠しているかがわかりませんでした。以下が全文です。

ユダヤの伝説によれば、最後の審判で救世主が現れる時、レヴィアタンとベヘモスは四つに組んで死ぬまで戦わされるという。残った体は、正直な人生を送ってきた「選ばれし者」のための食べ物となる(ローズ『世界の怪物・神獣事典』、389頁)。

身長1500Kmにも及ぶこの不死身の生物は7つの頭に300を超える目を持ち、世界を広大な深海、つまり天の海の深さで取り囲んでいる。ベヘモスと同時期に創造されたカオス(混沌)の人格化であり、地上のドラゴンたちを食べたと言われる。ヤハウェあるいは大天使ガブリエルのどちらかによって滅ぼされ、審判の日の後で聖餐にその肉を供することが運命づけられている。その皮はエルサレムの壁と屋根に使われることになっていた。しかし、このイメージはおそらくフェニキアのロタンと呼ばれる怪物に由来し、イスラム教の伝説にもヌンという同じような運命を持つ怪物がいる( ローズ『世界の怪物・神獣事典』、465P)。

これによれば「ユダヤの伝説」とあるように、必ずしも聖書に書かれているものではなさそうです。中世以降のレヴィアタンが悪魔化されていく過程と同じように、人々がイメージを付け加えていったのではないでしょうか。それが創作の面白さでもあるのですが、ソースが明示されてないともやもやしますね。

『エノク書』:レヴィアタンはベヒモス(ベヒモト)とつがい?

「エノク書」とは?意味と定義

エノク書:紀元前1-2世紀頃つくられたといわれる、エチオピア正教会における旧約聖書のひとつ。エノクの啓示という形を取る黙字文書。天界や地獄、最後の審判、ノアの大洪水についての予言などが語られている。初期のキリスト教やエチオピア正教以外では偽典(旧約聖書の正典・外典に含まれない文書)。

わずか数部しか存在しないとされる。ギリシア語のエノク書の断片はシュンケルスの著作に書き留められている。エチオピア語とスラヴ語版も発見されているが、この2つは後代の伝統と信仰に属するもので、偽エノク書などと呼ばれたりしているらしい(フレッド・ゲディングズ『悪魔の辞典』)。

「その日、二匹の怪物が分離され、雌はレヴィアタンと名づけられ、海の泉の深淵に住むであろう。だが雄はベヒモトと呼ばれ、それはデンタンと名付けられた茫漠とした砂漠をその胸で占領するだろう(『エノク書』)」

「ビヒモス」とは?意味と定義

・ビヒモス(Behemoth):旧約聖書に登場する神が創ったとされる陸の獣。ベヘモス、ベヘモット、ベヘモトなどと呼ばれることもある。悪魔のように悪しきものというわけではない。獣と戯れるとされるので、性格は比較的温厚かと思われる。『ヨブ記』ではレヴィアタンと同じように、人間に対して神がすごい生物をつくったことを自慢している。見た目は象、河馬、あるいは牛をイメージさせる草食動物である。

ビヒモスもレヴィアタンもともに海から生まれた生物であるが、あまりにも大きいため陸と海に両者をわけたという(『第4エズラ書』)。

エノク書の口語訳がWIKIにないので、正確な引用ができないのが残念です。偽典なのであまり重視されていないんですかね。

別の表現ではヒビモスとレヴィアタンは”混沌”をイメージした生き物で、ビヒモスが雄、レヴィアタンが雌の対としてとらえられている(『堕天使』悪魔たちのプロフィール,52P)

このように「混沌」をイメージした生物らしいです。日本語で混沌といえば「物事が無秩序でまとまっていない状態」を指します。

創作の際にレヴィアタンが雌(メス)であるというのは意外と重要な着眼点になるのかもしれませんね。

『ヨナ書』:人間を飲み込んだレヴィアタン?

「ヨナ書」とは?意味と定義

・『ヨナ書』:旧約聖書のひとつ。預言書に分類される。記紀元前8世紀前半ごろの制作とされている。

「異邦者(いほうしゃ)」さえ神は救うという従来の「選民思想」を覆すような内容なのが興味深いですね。ユダヤ人しか救われないというのが選民思想です。敵国であるアッシリア王国のニネヴェの人たちさえ『ヨナ書』では救われているので、選民思想とはある意味違うものになります。

【内容】

神さまが預言者ヨナ(イオナ)に対して、イスラエルの敵国であるアッシリア王国の首都ニネヴェに行って、「彼らの悪事のために首都ニネヴェは滅ぼされることになる」という予言を伝えるように命じる。

ヨナはアッシリアに行くのを恐れて、船に乗って反対方向のタルシシュに逃げ出してします。神はヨナが乗っていた舟を嵐に遭遇させる。ヨナは自分のせいでそうなったたことを船乗りたちに対して告白し、自分を海へ投げれば嵐は収まるという。船乗りたちはヨナを海へ投げる。

神は海に大きな魚を用意しており、3日間飲み込まれるが、神の命令によってヨナは魚から開放され、海岸へ投げ出される。

ヨナは悔い改めてニネヴェを訪れ、予言の内容を話す。ニネヴェの人たちは悔い改めたため、神はニネヴェの破壊を中止した。

【悪魔との関連】

ヨナを飲み込んだ魚がレヴィアタンに相当するのではないか、という解釈ができる。

「『ヨナ書』には、預言者ヨナが海でレヴィアタンに飲み込まれ、三日間腹中で過ごすが、神が、ヨナを吐き出すように怪物に命じて助かったという逸話が記載されている(「『天使』と『悪魔』がよくわかる本」208P)。」

上記のように本には書いているので、魚=レヴィアタンという解釈をしました。ただし口語訳には「魚」としかないので不明です。

【出典】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B80

https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B8(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)

レヴィアタンのイラスト

『大魚に吐き出されたヨナ』(ギュスターヴ・ドレ)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B8

「ヨナ書」とは?意味と定義

・『ヨナ書』:旧約聖書のひとつ。預言書に分類される。記紀元前8世紀前半ごろの制作とされている。

「異邦者(いほうしゃ)」さえ神は救うという従来の「選民思想」を覆すような内容なのが興味深いですね。ユダヤ人しか救われないというのが選民思想です。敵国であるアッシリア王国のニネヴェの人たちさえ『ヨナ書』では救われているので、選民思想とはある意味違うものになります。

【内容】

神さまが預言者ヨナ(イオナ)に対して、イスラエルの敵国であるアッシリア王国の首都ニネヴェに行って、「彼らの悪事のために首都ニネヴェは滅ぼされることになる」という予言を伝えるように命じる。

ヨナはアッシリアに行くのを恐れて、船に乗って反対方向のタルシシュに逃げ出してします。神はヨナが乗っていた舟を嵐に遭遇させる。ヨナは自分のせいでそうなったたことを船乗りたちに対して告白し、自分を海へ投げれば嵐は収まるという。船乗りたちはヨナを海へ投げる。

神は海に大きな魚を用意しており、3日間飲み込まれるが、神の命令によってヨナは魚から開放され、海岸へ投げ出される。

ヨナは悔い改めてニネヴェを訪れ、予言の内容を話す。ニネヴェの人たちは悔い改めたため、神はニネヴェの破壊を中止した。

【悪魔との関連】

ヨナを飲み込んだ魚がレヴィアタンに相当するのではないか、という解釈ができる。

「『ヨナ書』には、預言者ヨナが海でレヴィアタンに飲み込まれ、三日間腹中で過ごすが、神が、ヨナを吐き出すように怪物に命じて助かったという逸話が記載されている(「『天使』と『悪魔』がよくわかる本」208P)。」

上記のように本には書いているので、魚=レヴィアタンという解釈をしました。ただし口語訳には「魚」としかないので不明です。

【出典】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B80

https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B8(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)

ヨナ書自体は口語訳もあり、内容も短いので一度読んでみることをおすすめいたします。

第一章

・・・

15 そして彼らはヨナを取って海に投げ入れた。すると海の荒れるのがやんだ。

16 そこで人々は大いに主を恐れ、犠牲を主にささげて、誓願を立てた。

17 主は大いなる魚を備えて、ヨナをのませられた。ヨナは三日三夜その魚の腹の中にいた。

第二章

1 ヨナは魚の腹の中からその神、主に祈って、

2 言った、「わたしは悩みのうちから主に呼ばわると、主はわたしに答えられた。わたしが陰府の腹の中から叫ぶと、あなたはわたしの声を聞かれた。

3 あなたはわたしを淵の中、海のまん中に投げ入れられた。大水はわたしをめぐり、あなたの波と大波は皆、わたしの上を越えて行った。

4 わたしは言った、『わたしはあなたの前から追われてしまった、どうして再びあなたの聖なる宮を望みえようか』。

5 水がわたしをめぐって魂にまでおよび、淵はわたしを取り囲み、海草は山の根元でわたしの頭にまといついた。

6 わたしは地に下り、地の貫の木はいつもわたしの上にあった。しかしわが神、主よ、あなたはわが命を穴から救いあげられた。

7 わが魂がわたしのうちに弱っているとき、わたしは主をおぼえ、わたしの祈はあなたに至り、あなたの聖なる宮に達した。

8 むなしい偶像に心を寄せる者は、そのまことの忠節を捨てる。

9 しかしわたしは感謝の声をもって、あなたに犠牲をささげ、わたしの誓いをはたす。救は主にある」。

10 主は魚にお命じになったので、魚はヨナを陸に吐き出した。

https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8A%E6%9B%B8(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)

さて上記の”魚”がレヴィアタンではないかということです。人を飲み込むほど巨大な魚なので、『ヨブ記』にあるような海に関連する巨大な獣との関連性が見いだされますね。

https://www.amazon.co.jp/%E5%AD%90%E4%BE%9B%E7%94%A8%E3%81%AE%E6%96%87%E5%AD%97%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%94%E3%83%8E%E3%82%AD%E3%82%AA%E3%83%94%E3%83%8E%E3%82%AD%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%A8Gabbitt%E7%BC%B6%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%AE%E3%83%95%E3%83%88-D-20-7-10/dp/B08CR96BWN

和紙がイメージしたのは、ディズニーのピノキオの中に登場したクジラです。もしかしたらこのピノキオもヨナ書を元ネタとしているのかもしれません。ワンピースでもそういえばクジラ(ラブーン)に飲み込まれる話がありましたね。聖書はいろいろな話の元ネタになっているのかもしれません。

『列王記』:レヴィアタンと蛇信仰は関連している?

「列王記」とは?意味と定義

・列王記(れつおうき):旧約聖書におさめられたユダヤの歴史書のひとつ。原作者はエレミヤという説がある。エレミヤは紀元前7世紀末から紀元前6世紀半に活躍した古代ユダヤの預言者。内容はイスラエル王国の歴史。

【悪魔との関連】

・レヴィアタンのルーツとしての蛇信仰が『列王記』に登場する

モーセがつくった青銅の蛇の像をユダ王ヒゼキヤが破壊するシーンがある。蛇の名前は「ネフシュタン」といい、多神教の時代に古代イスラエルの人はこの像を崇拝していたという。レヴィアタンは神が創ったクジラ、ワニ、ドラゴン、蛇などさまざまな強い生き物が合成された水に関連する獣だと言われている。

ウィリアム・ブレイク「レヴィアタンはとぐろを巻く海の蛇」

「ウィリアム・ブレイク」とは?意味と定義

ウィリアム・ブレイク(1757-1827):イギリスの詩人、画家。預言書『ミルトン』で有名。

【悪魔との関連】

・レヴィアタン:「とぐろを巻く海の蛇」とレヴィアタンを表現している。ブレイクにとってレヴィアタンは「ねじまがった蛇」であり、「人間の内部で抗争する悪の象徴」だという。また、「もっとも深い地獄にそびえ、点のアーチに達する二本の柱」とも表現している(『ジェルサレム』)。「驕り(おごり)の子すべてを支配する王」とも表現しているらしい(『悪魔の辞典』)。

ブレイクはレヴィアタンを「無意識の存在」とし、「人間の意識下に救う邪悪」とも表現しているらしい(『堕天使 悪魔たちのプロフィール』)。邪悪だが、神に敵対する意識がないという意味だろうか。ヨナ書では神のいうことを素直に聞く魚としても表現されているので敵対するイメージはあまりない。「悪魔」として強く扱われるようになったのは16世紀以降の悪魔学の影響が強いと言える。

レビ人とレヴィアタンの関連性

「レビ人」とは?意味と定義

・『レビ人』:イスラエルの12支族のひとつで、ヤコブの第三子であるレビの子孫。ヤコブは旧約聖書『創世記』に現れるイサクの息子で、ユダヤ人の祖。イサクはアブラハムの息子。アブラハムはユダヤ人に加え、すべてのアラブ人の系譜上の祖とされている。

・モーセはレビ部族の子孫。イスラエル人が黄金の子牛像をつくって神に背いてたとき、レビ人だけはモーセのもとに集まり神への忠誠を誓ったため、祭司族となったとされている(『出エジプト記』)。バビロン捕囚記以降は際し階級は大祭司、祭司、レビ人の3階級に分けられ、「レビ人」は下級祭司を指すようになった。

【悪魔との関連】

・レヴィアタン:レビ人(Levites)は「レヴィアタンの息子」を意味しているらしいです(『堕天使 悪魔たちのプロフィール』,53-54P)。

「つまり、ここではレヴィアタンは神の”異形(異なった側面)”として信仰の対象だったのである。そのようにとらえれば、モーセが蛇像を祀ったというのも納得できるのだ。ユダヤ教の初期の時代にはこのように、偶像崇拝も、多神教とも受け取れる信仰が唯一神の下に同居していたのである(同上,54P)。」

「金の子牛」とは?意味と定義

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E3%81%AE%E5%AD%90%E7%89%9B

ニコラ・プッサンの1633年から1634年の絵画『黄金の子牛の礼拝』。ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵。

・金の子牛(きんこううし):旧約聖書『出エジプト記』32章に登場する牛の形をした黄金の像。カナンへ向かう途中のシナイ砂漠でイスラエル民族によってつくられたとされる。モーセがシナイ山で神から十戒の石版を授かるまでに40日の期間がかかるとされ、イスラエルの民は待てずに不安になる。アロン(モーセの兄)に相談して民から貴金属を集め、黄金の子牛をつくる。神は激怒したが、モーセがなだめて下山し、授かった十戒の石版を破壊して金の子牛を燃やし、粉々にして水に混ぜてイスラエルの民に飲ませたという。金の子牛を崇拝しなかったレビ族を集め、偶像崇拝に加担した民衆の殺害を命じ、3000人ほど死んだとされている。

・金の子牛は今日においては「物質崇拝・拝金主義・唯物論」の比喩としても用いられている。

「青銅の蛇像」とは?意味と定義
レヴィアタン

ミケランジェロがシスティナ礼拝堂に描いたモーセと青銅の蛇のエピソード。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E9%8A%85%E3%81%AE%E8%9B%87

・青銅の蛇像:旧約聖書の「民数記」21章4-9に登場する銅像であり、「ネフシュタン」と呼ばれることがある。エジプトから脱出する途中に民が不平を言うと、神が炎の蛇(毒蛇)を民に送り、死者が出る。民がモーセに許しを願うと、モーセは神に従い青銅で蛇を作り旗竿の先に掲げた。この蛇を見たものは炎の蛇に噛まれても無事だったという。

WIKIによれば紀元前13世紀頃はユダヤ人にとって蛇が信仰の対象であったと推定できるとある。また蛇はキリスト教徒にとって癒やしと罪を肩代わりした象徴であり、復活の象徴だという。正教会の主教が用いる杖は青銅の蛇をモチーフとした杖を使用しており、権威の象徴であもるという。

グノーシス派はウロボロス(蛇)をシンボルとしている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E9%8A%85%E3%81%AE%E8%9B%87

「民は神とモーゼに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れのぼってこの荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」 そこで主は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。民はモーゼのところへ来て言った。「私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください。」モーゼは民のために祈った。すると、主はモーゼに仰せられた。「貴方は燃える蛇を作り、それを旗さおも上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」 モーゼは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし、蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎみると、生きた。(新改訳:「民数記」21.5-21.9)」

まず率直な感想として、黄金の孔子像の崇拝に怒り、破壊したモーセが蛇像を作る???ん??という感じです。どうやら黄金の子牛は新しい神、つまり異教の神としての象徴だから駄目というわけですね。蛇像は神そのものを表しているものではなく、神が造らせた像だということです。蛇をみたものは毒に侵されなくなるので、ある意味では薬ですよね。黄金の子牛とは違うことがわかります。

とはいえ、神が造らせたものなので神聖なものであり、崇拝の対象になるというのも理解できます。これを「神の異形」と「堕天使 悪魔たちのプロフィール」では表現しているのではないでしょうか。

重要なのは蛇が信仰の対象であること、さらにレヴィアタンのルーツの一つとしての蛇像です。

16世紀に起こったルーヴィエの悪魔憑き事件とレヴィアタンの関連

「ルーダンの悪魔憑き事件」とは?意味と定義

「私は、この修道女から立ち去るとき、針ほどの長さの切り口を心臓の下につくり、その切り口は彼女の下着、胴着、上衣を血で染めるであろうことを約束します。そして、明日、5月20日の日曜日午後5時、悪魔のグレジルとアマンも同様にしてやや小さい切り口をつくることを約束しますー私は、レヴィアタン、ベヘモト、べーリその他の仲間たちがした約束、すなわち、出るときには聖十字架教会の登録簿に署名するという約束を認めます。1629年5月19日記 アスモデウス(署名)(『魔法 その歴史と正体』K・セリグマン著 平田寛訳 人文書院刊)」

フランスのルーダンという田舎町の修道院でおきた悪魔憑き事件です。ある美男子の司教(ユルダン・グランディエ)が新しくこの町に来たことからはじまります。司教は美男子なので町の婦人たちの注目の的になり、街中に噂が広がっていきました。司教は多くの女性と関係をもつことになります。

そうした状況をみて、司教を破滅させたいと考えた政治的敵対勢力が「悪魔憑き現象」をでっちあげたのです。修道院長ジャンヌ・デ・ザンジュなどの人間に多くの悪魔が取り憑き、取り憑いた原因は司教が修道院に投げ込んだバラの中に悪魔がいたからだ、と調査によって暴露されたのです。アスタロトやレヴィアタン、アスモデウスなど有名な悪魔が取り憑いています。

悪魔憑き騒動が始まったのは1632年の10月で、裁判が開かれましたが裁判所や医者は悪魔によるものではないと判断して一旦はおさまりました。しかし1933年の夏に再び最大の敵対勢力である枢機卿リシュリシューが動き、腹心のローバルドモンが司教を取り調べ、アスモデウスの契約書などが証拠として提出されたのです。

結局1634年8月18日に、司教グランディエは生きたまま火刑になったそうです。

【関連する悪魔】

ネフタロン、チャム、ザブロン、レヴィアタン、アーマン、イサカーロン、バラーム、アスモデウス、アチャス、アリクス、ベヘモット、アリクス、ユリエル、アスタロト

『アブラメリンの聖なる魔術書』では地獄の最高四君主の一人

「アブラメリンの聖なる魔術の書」とは?意味と定義

・『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』:著者は14世紀から15世紀のドイツに住んでいたユダヤ人、ヴォルムスのアブラハムという魔術師。神の真理に至る道を求めて旅する過程で、エジプトでアブラメリンと名乗る老賢者と出会い、秘術を学んだという。いわゆるグリモワール(悪魔などを呼び出して願いを叶える方法が書き記された本)のひとつ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%93%E5%A3%AB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%81%96%E3%81%AA%E3%82%8B%E9%AD%94%E8%A1%93%E3%81%AE%E6%9B%B8

【関連する悪魔】

ルシファー、サタン、ベリアル、レヴィアタンは地獄の最高四君主という記述がある(「図解 悪魔学」)。

「聖守護天使の加護を受けた後、今度は悪魔を呼び出す。加護無しに悪魔を呼び出すのは危険だからである。呼び出すのは4人の上位王子(Four Superior Princes)と総称されるルキフェル(Lucifer)、レビヤタン(Leviatan)、サタン(Satan)、ベリアル(Belial)、そして8人の下位王子(Eight Sub Princes)と総称されるアスタロト(Astarot)、マゴト(Magot)、アスモデウス(Asmodee)、ベルゼブブ(Belzebud)、オリエンス(Oriens)、パイモン(Paimon)、アリトン(Ariton)、アマイモン(Amaimon)の、計12人の大悪魔である。 魔術師は、彼ら大悪魔とその配下の使い魔たちに自分への忠誠を誓わせることにより、彼らを使役する資格を得る。」

「注釈者たちが指摘するところでは、アブラハムは魔術や召喚や邪悪な目的でおこなったりしてはならないと主張していながらも、アブラハムの述べる実践や目的は召喚魔術すれすれであって、たとえば飛行、未来の透視、自分や動物の変身、邪霊を招喚して従わせること、嵐を起こすこと、奇蹟的な治療、幻影を生み出すことなどがある。しかしながらアブラハムの実践した魔術は、ユダヤ教徒キリスト教の典礼をほぼ完璧に結びつけているかに見える(『悪魔の辞典』37P)。」

レヴィアタンの魔法陣を使って呪文を唱えることで、悪魔を人間の姿で出現させることができるらしいです。

『アルマデルの魔導書』とレヴィアタンの関連

「アルマデルの魔導書」とは?意味と定義

・「アルマデルの魔導書」:悪魔を使役する方法などを記すグリモワールのひとつ。『レメゲトン』(『ソロモンの小さな鍵』)のひとつ。ほかにはゴエティア、テウルギア・ゴエティア、アルス・パウリナ、アルス・ノヴァがある。「アルマデルの魔導書」は「アルス・アルマデル・サロモニス」であり、『ソロモン王のテウルギアの書 第二章』とも呼ばれるらしい。内容は天の四つの高度と黄道十二宮360度の角度を支配する大精霊についての書。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%A1%E3%82%B2%E3%83%88%E3%83%B3

「グリモアに類する書物で、数多くの像(色のつけられた蝋でつくる)を扱っている。これらの像は基本方位の『天使』を呼び出し、四つの『高み』を支配する『四方の霊的存在』を指名するために使用される(『悪魔の辞典』、65P)。」

【悪魔との関連】

・レヴィアタン:「『アルマデルの魔導書』ではレビヤタンとアスモデウスは悪魔の悪徳の恐ろしさを教えてくれる悪魔である(『図解 悪魔学』,40P)」とある。

中世以降では神がつくりだした怪獣というより、悪魔的な扱いをされていますね。

『愛の聖務日課書』とレヴィアタン

レヴィアタン・愛の聖務日課書

レヴィアタン・愛の聖務日課書

愛の聖務日課書は14世紀後半につくられたフランスの彩色写本です。その挿絵のひとつにレヴィアタンが描画されているそうです。まるで地獄のような描写です。

たしかに『ヨブ記』では口から火をふいてましたし、『ヨナ書』では人間を飲み込んでましたから、このようなレヴィアタン=地獄のイメージがついてもおかしくはないです。

『魔女と悪人の告白について』:ピンスフェルトによる七つの大罪とレヴィアタンの関連性

「『魔女と悪人の告白について』」とは?意味と定義

1589年にペーター・ピンスフェルトによって書かれた本です。ピンスフェルトはドイツのイエズス会士であり、デーモン学者です。フレッド・ゲディングズは『地獄の辞典』で七つの大罪にふれ、「このリストは考えとして独創的なものではないにせよ、本来のものと大きく異なっており、デーモン学の歴史をほとんど知らぬまま、個々の罪を支配するデーモンを選択したとおぼしいが、通俗的なグリモアでさかんに利用されつづけた」と酷評しています。

悪魔七つの大罪(支配する罪)
ルシファー驕り(おごり)
マモン強欲
アスモデウス好色
サタン憤怒
ベルゼブブ好色
レヴィアタン嫉妬
ベルフェゴール怠惰

レヴィアタンは「嫉妬」の罪の支配に分類されてますね。

ウィリアム・ブレイクによるレヴィアタンのイメージ

「ウィリアム・ブレイク」とは?意味と定義

ウィリアム・ブレイク(1757-1827):イギリスの詩人、画家。預言書『ミルトン』で有名。

【悪魔との関連】

・レヴィアタン:「とぐろを巻く海の蛇」とレヴィアタンを表現している。ブレイクにとってレヴィアタンは「ねじまがった蛇」であり、「人間の内部で抗争する悪の象徴」だという。また、「もっとも深い地獄にそびえ、点のアーチに達する二本の柱」とも表現している(『ジェルサレム』)。「驕り(おごり)の子すべてを支配する王」とも表現しているらしい(『悪魔の辞典』)。

ブレイクはレヴィアタンを「無意識の存在」とし、「人間の意識下に救う邪悪」とも表現しているらしい(『堕天使 悪魔たちのプロフィール』)。邪悪だが、神に敵対する意識がないという意味だろうか。ヨナ書では神のいうことを素直に聞く魚としても表現されているので敵対するイメージはあまりない。「悪魔」として強く扱われるようになったのは16世紀以降の悪魔学の影響が強いと言える。

レヴィアタンのイメージ

Behemoth and Leviathan, watercolour by William Blake from his Illustrations of the Book of Job.

https://en.wikipedia.org/wiki/Behemoth

ウィリアム・ブレイクによるレヴィアタンのイメージがこちらになります。下でとぐろを巻いている蛇です。上にいる河馬、あるいは象みたいなのはベヒモスです。

ウィリアム・ブレイクのイメージではベヒモス同様にレヴィアタンも無意識の存在です。他の悪魔のように明確な悪の意識といったものがないということでしょうね。

レヴィアタンとベヒモスと、ジズ?

「ジズ」とは?意味と定義

真ん中の鶏のような怪獣がジズです。右の魚のような怪獣がレヴィアタン、左の牛のような怪獣がベヒモスです。1278年にウルムで発刊された聖書に描かれていたそうです。

・ジズ:ユダヤの伝説に登場する怪獣。旧約聖書には登場せず、聖書の解釈の間違いで生み出されたという。

「巨大な鳥で、大地に立ったとき、その頭は天にまで届き、翼を広げると太陽を覆い隠すという。世界の終末には、ベヒモスやレヴィアタンと共に、食べ物として供されることになっている(WIKIより)」

一般的にはレヴィアタンとベヒモスという二頭一対のイメージが強いですよね。レヴィアタンはメスでベヒモスがオスです。ジズが入ることで三頭一対になります。なんだかポケモンみたいですね。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%BA

ウガリット神話:ヤムとレヴィアタンとの関連について

「ウガリット神話」とは?意味と定義

・ウガリット神話:「ウガリット」とは現在のシリア・アラブ共和国西部の都市ラス・シャムラにあった古代都市国家だそうです。紀元前1450年頃から紀元前1200年頃に都市国家として全盛期をむかえたとWIKIにあります。また「ユダヤの聖書へとつながるカナン神話の原型ともいわれるウガリット神話集が遺跡から見つかった」とあるように、ウガリット神話はユダヤの聖書へ影響を与えているといえます。ちなみに遺跡が見つかったのは1928年と最近ですね。

【悪魔との関連】

・レヴィアタン:ウガリット神話に登場する海の神ヤムロタンがレヴィアタンと同一視されることがある。

【補足知識】

バアルはウガリット神話において、カナン地域を中心に崇められた嵐と慈悲の神。メソポタミアなどで信仰されていた天候神アダドはウガリットでは同一視されている。最高神イル、あるいはダゴンの子とも言われている。海の神ヤムや死の神モートは兄弟であり、敵対者。

ヤムは海や川を神格化した神。バアルは雨が地上を潤すと主張し、ヤムは川や泉で地上が潤されると主張したため対立している。争いは大神により裁定されることになり、すべてのものの源は水であるこという結論がくだり、ヤムが勝利する。その後でバアルがヤムを倒す。ヤムは竜の姿をしているらしい。

バアルはロタンを倒している。ロタンは7つの頭を持つ巨大なドラゴン。

神話には、アナトの語りによって彼女が倒すなどしたと分かる「竜[注釈 8]」と、「曲りくねる[注釈 9]」、そして「七つ頭の暴れもの[注釈 10]」といった生き物が登場する。また、モートの語りによってバアルが倒したと読める「逃げる蛇レビヤタン[注釈 11]」または「「原初の蛇」ロタン英語版[注釈 12]」と、「曲がりくねる蛇[注釈 13]」、そして「七つ頭の暴れもの[注釈 14]」といった生き物も登場する。レヴィアタン(レビヤタン)の名をヤムの別称と考える人もいる[27]が、谷川政美によれば別称かは明らかではない[28]矢島文夫は、リタン(ロタン)とはヤムと同じ種類の生き物で7つの頭を持つ竜であり、旧約聖書に登場するレビヤタンであるとしている[29]。ロタン ( ltn, Lotan ) の名はレビヤタンと語源が同じである[30]。ただし、竜のヤム=ナハル(ヤム)はしばしば蛇と関連づけられている。蛇のレビヤタンはヤム=ナハルの従者である可能性もあるが、これもはっきりしない[28]

なおレビヤタンの起源は、前述のロタンの他、アッカド神話の創世神話に登場する、女神である竜ティアマトにも求められるという[31]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%A0_(%E3%82%A6%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E7%A5%9E%E8%A9%B1%E3%81%AE%E7%A5%9E)

メソポタミア神話:ティアマトとレヴィアタンの関連性

「メソポタミア神話」とは?意味と定義

・メソポタミア神話:メソポタミアは紀元前3500年前ごろにつくられたといわれる世界最古の文明。文明初期の中心となったのはシュメール人といわれている。メソポタミアに住む人達が進行した宗教がメソポタミア神話。4200年にわたり信仰されてきたが、現在は衰退している。

【悪魔との関連】

・レヴィアタン:メソポタミア神話における原初の海の女神ティアマトに関連があるという説がある。

ティアマトは雌の竜の姿をしていて巨大な蛇のような体をしている。武器を体に通さず、二本の前足と大きな尻尾があり、頭には大きな角がついているとバビロニアの天地創造神話『エヌマ・エリシュ』に書かれている。また体は世界を創る材料にされるほど巨大で、「大洪水を起こす竜」と表現されたそうです。

また夫のアプスとともに多くの神々を多く生みだし、その神々と戦ったそうです。自分が生んだ神々が騒々しいので殺害を企てるというなんとも不思議な話ですね。ティアマト自体は寛容でしたが、夫が神々にぬん我慢できずに殺害を企て返り討ちにあったのでしかたなく仇討ちしようとしたという感じでしょうか。

ティアマトは毒で満たした11の怪物たちを用いて神々と戦ったそうです。ティアマトを討伐しに来たマルドゥクによって口を開けられたまま心臓に矢を突き刺され、ばらばらになった体は大地、天空、銀河になり、血は川となったそうです。

たしかにレヴィアタンもその体が食糧となったり、巨大な蛇のような怪獣として形容されていることから類似してますよね。

ほかにもいくつかの典拠は彼女をウミヘビ、あるいは竜と同一視し[6] 、以前にもその姿はドラゴンであると考えられていたが、神話や関連文献の中にそれを指し示す記述は存在しないことから現在では否定され、(明確ではないが)神話の中では水の姿と動物(おそらくラクダヤギ)の姿との間で揺れ動いている

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%88

WIKIには上記のようにもあり、姿は曖昧なようです。

【出典】

1:「世界の怪物・神獣辞典」キャロル・ローズ 269P

2:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%88

トマス・ホッブズによる「リヴァイアサン(1651)」について

この項目はすこし難しいですが、レヴィアタンに関連したものはできるだけ書きたいので触れます。大学で学んだことがあるので懐かしいです。「リヴァイアサン」という名前は旧約聖書の『ヨブ記』に登場する「レヴィアタン」が元ネタです。ホッブズは絶対王政の「国家」の比喩としてレヴィアタンを用いました。

【補足】

(1)最初のキーワードは「万人の万人に対する戦争状態(闘争)」です。

「万人」とはすべての人という意味です。人々が争い合っている状態です。なぜ人は争うのか。ホッブズいわく「死にいたってやむところの力に次ぐ力の追求」が人間の普遍的な性質の傾向であると述べています。つまり、他者よりも自分は力が優れているということを死ぬまで求めるのが人間だろう、ということですね。

たしかに「競争社会」という言葉があるように、運動会で争い、受験戦争で争い、女性をめぐって争い、企業同士で争い・・と他者よりも優れることを目指している傾向がありますよね。生物の本質が遺伝子を残すことであれば、自分が優れていることで遺伝子を残す確率が上がるので感覚的にはわかります。

しかし、「万人の万人に対する戦争状態」は他者への不信と恐怖を生みます。仮に警察や裁判所がない状態を想像すると怖いですよね。財産はいつ盗まれるかわからない、いつ私刑されるからわからない状態です。財産で人より優れようとすると、盗みも当然起きますし、殺されるかもしれません。現在のようないわゆる「国家」のようなものがない状態ではそうだったのかもしれませんね。そのような状態(万人の万人に対する闘争)を「自然状態」といいます。

(2)次のキーワードは「自然権」です。

「リヴァイアサン」によると、「かれ自身の自然、つまりかれ自身の生命を維持するために、かれの欲するままにその力を用いる自由」を自然権というそうです。

自由とはなにか、といった哲学的な話は難しそうです。日本語的な意味では「他からの強制・拘束・支配を受けないで、自らの意思や本性に従っていること」をさします。たとえば昔の奴隷は自らの意思に反して他者から労働を強制されていたことがあります。その意味で、奴隷に自由はなかったといえます。あるいは貴族ではなく平民だから支配を受けるといったこともある意味支配を受けていますよね。

ホッブズによれば「自然状態における人間を平等で自由な存在」と定義づけしています。ホッブズによれば自然状態において、身体的・あるいは知的な能力の差はそれほどないと考えているようです。「ホッブズによれば、人間は本来、その心身の諸能力においてほぼ平等であり、身体的な力の優越も知的能力の差異も他者を永続的な支配下に置くほどの根拠を持たない(『政治思想史』153P)」

ホッブズによれば自然状態においては、人間は自然権をもっている存在だと定義して言います。人間はそもそも自由だいうことです。たとえば生きるために盗むことを、人を襲う自由もあるのです。ただそのような自由(自然権)を認めてしまうと、「万人の万人に対する闘争」が起きてしまうわけです。

(3)最後のキーワードは「国家」です。

「国家」とはなにか。難しいですね。一般的には特定の地域に移住する人々に対して「統治機構」を備えた政治組織です。「統治」とは国民を支配することです。さて国家を支配しているものはなんでしょうか。一般的にはいわゆる三権分立といわれるように、司法・立法・行政です。ホッブズの時代なら「王政」という言葉のように、いわゆる君主制、一人の支配者(王様)が統治する形態です。日本は現在、王政ではなく「民主政」です。日本では「間接民主主義」をとり、選挙によって自分たちの代表者を選び、国の支配を任せるという形をとっています。自分たちが選んだ議員が国会で法律を作る、あるいは改正して、その法律を元に裁判が行われ、あるいは警察が動くというわけです。

日本で盗みを行えば警察(行政)に捕まり、裁判所(司法)で裁かれますよね。そして法律は立法(国会)によって作成されます。これは国家に国民が支配されているということです。国家が盗みをしてはいけないと国民の自然権を奪っている状態です。

なぜ「国家」が必要とされるのか。「万人の万人に対する闘争」状態では人間はお互いに不信になり、財産の危険、あるいは命の危険に怯えることになるからです。盗みをしてもとりしまる存在がいないと困りますよね。争いを回避する、とりしまってくれる「共通権力」を必要とするわけです。それがいわゆる「国家」です。自分たちの自然権を放棄するということでもあります。

「わたくしは、あなたも同じようにあなたの権利をかれに譲渡し、かれのすべての行為に権限を与えるという条件のもとで、わたくし自身を支配するわたくしの権利を、この人または人びとの合議体に与え、譲渡する(「リヴァイアサン」)

(4)なぜ国家がリヴァイアサンと例えられたのか?

「トマス・ホッブズ(1588-1679年)の『レヴィアタン、あるいは国家の内容、形態、力』(1651年)における政治社会哲学体系は、寓意的な意味においてのみデーモン的であり、ホッブズは堕天使の意味を含む驕りの王に目をつけ、驕りの王としてのデーモンに想像される性質を利用しているのである。このレヴィアタン(リヴァイアサン)は主権、あるいは政治的有機体としての国家であって、自然人の利己的および反社会的衝動に構造と秩序を与えるものである。ホッブズ自身、『神がレヴィアタンの大いなる力を宣言し、レヴィアタンを驕りの王と呼ぶ(『ヨブ記』)』ことから、レヴィアタンの名前を採用したと述べている(『悪魔の辞典』,439P)。」

驕りは「おごり」と読みます。意味は「いい気になること、思い上がり」です。たしかに自然権を国家に譲渡することで、国家は思い上がるかもしれません。調子に乗って変な法律を作るかもしれませんし、自分たちの都合のいいように警察は動くかもしれません。人は権力を持つと腐敗しがちです。その意味で、国家を驕りの王と寓意的、つまり比喩的に表現しているのかもしれません。

人々の安全のために国家は必要だけど、取り扱いを間違えれば国の滅亡にもつながります。国家がなくても人々が平和に暮らせればそれにこしたことはありませんが、人間の本性的にそれは難しいので、まさに必要”悪”といったところでしょうか。

ただし、レヴィアタンに「悪」の性質、あるいは神に対する悪の意識は中世以降の解釈によるもので、本来レヴィアタンは神がつくった最強の怪獣にすぎません。ウィリアム・ブレイクはレヴィアタンを「人間の内部で抗争する悪の象徴」と表現していますが、同時に「無意識的」とも表現しています。

参考文献

参考書籍

1:知っておきたい 天使・聖獣と悪魔・魔獣

2:悪魔の事典

3:図解 悪魔学 (F-Files No.027)

4:堕天使―悪魔たちのプロフィール (Truth In Fantasy)

5:悪魔事典 (Truth In Fantasy事典シリーズ)

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