口の比率を分析する
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グリッド理論の目的
- 標準的な比率を覚えてある種の審美眼(バランス感覚)を鍛える
- 標準的な比率の設定方法を覚えて自分の比率を作り出す
- 比率の感覚を身に着けて絵の表現に活かす
※美的な比率を分析することが目的ではなく、あくまでも基準としての比率を分析することが目的です。個性はこの基準の差異として表現することができます。
顔の純粋型としては「成人男性のルーミスにおける顔」を選びました。他の顔はこの純粋型からの差異として表現されます。もちろん未成年男子の純粋型、成人女性の純粋型、美人の純粋型、アジア人の、アフリカ人の…といったようにさまざまな純粋型というものがありうるでしょうが、全てを扱うことは困難なので、私はこのルーミスの顔を「一般的なフェイス」として用います。この一般的フェイスは基本的にイラストや漫画では使用されず、また実在もしていない顔です。しかしここからの差異を形作る、つまり目を大きくしたり顎をシュッとさせたりといった「個性」によって「個別的なフェイス」を創作できます。
ちょうど折り紙そのものは作品としては使わませんが、折り紙がなければ作品を作ることはできないといったような関係と少し似ています。筆記用具や粘土のような役割を私はルーミスのような顔に見いだしています。このルーミスの顔から出発し、自分の美的感性が訴えかける純粋な美しい顔のプロポーションを探し、構成し、それを新しく「純粋型」として自分の資料に加えるという「発展型」も考えられます。
この顔を見ればこの漫画家だとわかる、というような「個性」もいわばその漫画家が長年累積させて生きた「純粋型」だといえます。
基本の三本の線
まず重要なメルクマールとなりそうなのは、この三本の線ですね。唇は基本的に3分割・6分割ベースで構成されます。
つまり、口は顔の7分割における1分割のうちの、2/3を領域として主に使うということになります。
横幅の分析
ざっくりみれば、口の横幅はよよそ1+2/3です。1.3333….ですね。
人中・上唇・下唇の境界
シンプルな図形をつくるとこうなります。
さてジャック・ハムのプロポーションによれば、唇は1分割のうちの1/2の位置に来ています。つまりこれは、人中および稜線と上唇結節との相違と考えれます。ルーミスでは人中の境目を重視し、ジャック・ハムでは上唇との境目を重視したということです。
要するに、上唇結節と人中の境目は1/2の位置にくるが、人中事態の境目は1/3(2/3)の位置にくるということです。
つまりシンプルな図形を再び構成すれば、このような形になります。
しかしこれでは上唇の領域が小さすぎてしまいます。つまりここからは人中の領域と、上唇の領域の折り合いの問題となります。ちょうど中間地点においてもいいかもしれません。そして上唇と人中の間が「稜線」となります。
しかしこの曲線を線形に表現すると難しそうです。また中間地点をとるためには「半分」という直感的な処理なら簡単ですが、実際には12分割を前提としています。
もっとも、個別的な描画においてこのルーミスの顔を厳密に構成できる、またその記憶を保持しているという利益はあまりないので、さほど詳細を極めなくても良いかと思います。
重要な「純粋型」の理解としては、唇の上唇と人中の境界の区別、及びその中間に稜線が存在しているということの意識が重要になります。また、指標として1分割のうち、その2/3が人中の境界にあたること、1/2が上唇の境界にあたること、1/3が下唇の境界にあたることが重要となります。
上唇の最大値、つまり上唇の膨らみ、カーブがどれほどかといった問題はかなり個別的な問題なので、詳細を極めなくてもいいかと思います。単純な意識としては、1/2の境界よりはZ軸上の高さがあること、また人中よりは低い位置にあることを意識したほうがいいかもしれません。ルーミスの純粋系では上唇のZ軸上の最大値はおよそ人中との中間地点にあることが確認できます。
この画像の白い部分が「稜線」です。稜線は人中の凹みの影との「差異」により際立ち、また「線」として視覚化されます。
オトガイ唇溝の境界
オトガイ唇溝はシンプルな唇の構成からはすこし外れるものです。もっとも、オトガイ唇溝の位置を把握することは顔の構成にとって不可欠です。
オトガイ唇溝の位置の純粋型としては、絶対値でいえば1分割のうちの1/6、下から数えて言えば5/6の位置にあります。
オトガイ唇溝の陰影をどこまで表現するか、つまりどの部分をどのくらい抽出するかというのはまさに「純粋型」としての基準からの差異によってうまれます。まったく抽出されない場合もありえます。
たとえばドラえもんの「のび太」の場合は、オトガイ唇溝があまり抽出されていません。人中や上唇、下唇さえも省略されることがあります。簡易的な描画、二次元的な描画、デフォルメ的な描画においては省略されることがあります。顔の構成においてオトガイ唇溝は描かなければいけない、鼻の穴は描かなければいけない、等々は「決まったもの」ではないのです。創作においては自由な領域です。固定概念に縛られすぎることもよくないですし、そこから離れすぎることもよくないです。非リアリティからの距離をバランスよくとることが「芸術」においては要請されるのだと思います。
それぞれの美的感性による場合もありますし、単純に「手間」の問題から省略される場合もあります。三次元的な描画の場合、特にリアリズムを価値観もしくは目的として設定する場合は、実際にオトガイ唇溝の陰影が見えたら「ありのまま」に描画する必要があります。どちらの方向に進むのかは美的感性や目的、職業上で要請される要素等々が考えられます。萌え画だから鼻のこの部分は省略しよう、劇画だからこの部分がきっちり描こう、といったようにケースバイケースということです。
グリッドの構成例
全体像
これはあくまでも構成例です。
まずはこのような「純粋型」を考えてみました。この描画は一定の法則に従っています。基本的に6分割・12分割から構成されています。その分割から外れるような線があっても意図的に「無視」しています。法則に実体を無理やりある意味では合わせています(だからこそ非実態的で、純粋な思考の上にのみ存在するということです。完全に法則に沿った顔などは存在しません)。
点と線で表現するとこうなります。
まず、上唇のカーブの頂点と、下唇のカーブの頂点が同じX軸上に合わせることで、描画しやすいという点で有用です。
このXは位置が12分割と少しややこしいですが、6分割を半分にすればいいのでそこまで複雑ではないです。
V字構造
上のV字は上唇の境界、中間のV字は下唇の境界、下のV字はオトガイ唇溝との境界としてみることができます。
このV字の横幅は絶対値としては1/2です。
あるいは絶対値としての1/4という理解も可能ですね。6分割ベースで考える際に4分割を入れるのは少し話をややこしくしますが、知っておくといいかもしれません。
あるいは12分割ベースを視野に入れて、このようにも考えられます。繰り返しになりますが、こうしたことを個性的な描画において毎回行う必要はありません。あくまでも純粋型を理解するために必要なものです。たとえるならば鉄棒を補助するための逆上がりのようなものです。いずれ必要なくなります。
純粋な「デッサン」も同じように、何度も「純粋型」を描いているうちに人体の基本的な構造が頭の中に浸透していきます。この浸透の過程がデッサンのような模倣的な反復作業によってなされるか、グリッドのような論理的な構成によってなされるかの違いだけです。目的はどちらも似ています。手段の相違です。どちらだけでも十分な場合もありますし、どちらも必要とする場合もあります。
口角
ルーミスにおいて口角は左右で大きさや角度が異なり、よくわからないのでここでは暫定的に斜線をつけることだけに留めておきます。
その他人中やオトガイ唇溝について
これは難しいですね。ルーミスではあまり重視されている要素ではないようです。
とりあえずこちらも暫定的に、人中のカーブは1/6程度の長さの曲線と仮定します。オトガイ唇溝の境界も同様に、4/6程度の曲線と定義します。いつか詳細に扱いたいと思います。これはルーミスの純粋型から離れ、自分自身の人間の顔の純粋型を模索する場合に扱うべき項目になります。実際の人間の人中やオトガイ唇溝を観察して、このくらいの長さ、このくらいの位置が美しく見える、という点を見つけていく各人の個人的な作業になるかと思います。もちろんそれらの美的価値観と離れた「平均」としての線を設定することも重要だと思いますが、ルーミスを離れてそれらを設定するのはこの記事からすこしズレてしまいます。今回はルーミス的な線を平均と仮定して終わります。
参考文献
人体の描き方関連
ルーミスさんの本です。はじめて手にした参考書なので、バイブル的な感じがあります。
人体のデッサン技法 ジャック・ハムも同時期に手に入れましたが、比率で考えるという手法にルーミス同様に感動した覚えがあります。ルーミスとは違う切り口で顔の描き方を学べます。
解剖学関連
スカルプターのための美術解剖学: Anatomy For Sculptors日本語版 スカルプターのための美術解剖学 2 表情編
一番オススメの文献です。3Dのオブジェクトを元に作られているのでかなり正確です。顔に特化しているので、顔の筋肉や脂肪の構造がよくわかります。文章よりイラストの割合のほうが圧倒的に多いです。驚いたときはどのような筋肉構造になるか、笑ったときはどのような筋肉構造になるかなどを専門的に学べることができ、イラスト作成においても重要な資料になります。
こちらはほとんどアナログでイラストがつくられています。どれも素晴らしいイラストで、わかりやすいです。文章が少し専門的で、難しい印象があります。先程紹介したスカルプターのための美術解剖学よりも説明のための文章量が圧倒的に多く、得られる知識も多いです。併用したほうがいいのかもしれません。
遠近法関連
これが一番おすすめです。難易度は中です。
これは難易度は小ですが、とてもわかりやすく説明されています。
スコット・ロバートソンのHow to Draw -オブジェクトに構造を与え、実現可能なモデルとして描く方法-
難易度は大ですが、応用知識がたくさんあります。
色関連
やはりこれですかね。
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