目次
プルキンエ現象の定義
昼間同じ明るさに見えた赤い花と青い花が夕暮れや夜間になると、青色の花がより明るく、赤い花は暗闇にかすむように暗く見えます。発見者の名前(チェコの解剖学者・生理学者であるヨハネス・プルキンエ)にちなんでつけられました*1。
プルキンエ現象の色相の変化(プルキンエシフト)
桿体と錐体、明所視、暗所視、薄明視とプルキンエ現象との関連性
各定義
桿体(かんたい,英:rod):光の量が少ないときの光受容器。暗所でよく働く。錐体に比べ多くの視物質を含み、錐体の応答に数十から数百の光子が必要なのに対し、桿体は1つの光子でも応答する。また、多数の桿体出力が1つの双極細胞に収束することによりさらに感度を上げている。錐体ではこのような収束は少ない*1。
錐体(すいたい,英:cone):光の量が多いときの光受容器。明所でよく働く。暗所では明暗だけで色を感じない*4。錐体は視物質がある外節(視細胞の光刺激を受容する部分)が円錐状になっていることから名付けられた。ヒトの場合錐体の視物質は3種類あり、それぞれ最も分光吸収度の高い波長が異なる。それぞれS錐体(short-wavelength sensitive cone)、M錐体(middle-wavelength sensitive cone)、L錐体(long-wavelength sensitive cone)という。錐体は艦隊に比べて感度が低い。主に錐体が働いている眼の状態が明所視であり、標準分光視感効率V(λ)は錐体の光応答特性を反映している*1。
視物質(しぶっしつ,英:photopigment):視物質はオプシン(opsin)と呼ばれる視物質タンパク質とビタミンA誘導体(レチナール;retinal)の複合体*3。視細胞が光を電気信号に変換する過程は、視物質が光を吸収することによって始まる。人げでは桿体に一種類、吸収波長の異なる三種類の桿体にそれぞれ一種類ずつ、合計4種類の視物質が存在する。桿体ではとくにロドプシンと呼ばれる。それぞれの視物質はレチナールとオプシンの2つの分子から構成されている*1。青、緑、赤錐体には青オプシン、緑オプシン、赤オプシンが存在する。赤オプシンと緑オプシンの構造は非常に似ている*3。
明所視(めいしょし,英:photopic vision):照度数ルクス(lx)以上、輝度では数cd/m2以上の明るさで,網膜にある三種類の錐体が働いて、物を見ている状態。この錐体は網膜の中心窩に密に存在しているため明所師では空間的な細かな光の変化も見分けることができる*1。
薄明視(はくめいし,英:mesopic vision):明所視と暗所視の中間の明るさレベルを明所視とよぶ。輝度レベルでいうと数cd/m2から0.001cd/m2の間の薄明かりの視環境。視覚生理的に表現すると網膜にある桿体と錐体の視細胞が同時に働いているレベル。薄明視では一般的に色や形がややわかる状態*1。
暗所視(あんしょし,英:scotopic vision):照度でおよそ0.1lx以下、輝度でおよそ0.001cd/m2くらいの非常に暗いレベルを暗所視と呼ぶ。日常では星明かりのような環境であり、物の形がおぼろげながらわかるが色は見えない。主に桿体が働いている。桿体は網膜周辺に多く分布しているので暗所視では中心視よりも周辺視のほうが感度がいい。暗闇でよく物が見えないのは桿体が錐体にくらべて網膜上に粗く分布しているから*1。
説明
プルキンエシフトは錐体(すいたい)と桿体(かんたい)の違いによって起こる現象です。桿体は暗いところで働く細胞で、錐体は明るいところで働く細胞です。桿体は暗いところで働く細胞です。明るいときに見えていた色は錐体細胞が働いているのですが、暗くなるにつれて桿体細胞の働きが強くなります。錐体細胞と桿体細胞はどの波長をどのくらい吸収するのかといった分光感度が異なるので色相の変化を感じます。これが錐体と桿体を通したプルキンエ現象の理解です。
ざっくりいえば錐体は明所視、桿体は暗所視と分けられますが、その中間に薄明視というものがあります。中くらいの明るさでは桿体と錐体が両方働いているのです。桿体だけだとほとんど色を感じないので、錐体も少しは働いていないと色の変化(シフト)を大きく感じることができません。
上の図でいうところの明所視では明暗だけがわずかにわかる状態なので色はわかりません。したがって錐体と桿体が重なっている範囲の薄明視の範囲で主にシフトが起こるのだと思います。もちろん月明かりや星あかりの明るさによっては明暗だけではなく色がわかる場合もあります。
波長と色の関係(日立さんのサイトを参考に)
波長(nm) | 色 | 補色(余色) |
---|---|---|
~400 | 紫外 | |
435~480 | 青 | 黄 |
480~490 | 緑青 | 橙 |
490~500 | 青緑 | 赤 |
500~560 | 緑 | 赤紫 |
560~580 | 黄緑 | 紫 |
580~595 | 黄 | 青 |
595~610 | 橙 | 緑青 |
610~750 | 赤 | 青緑 |
750~ | 赤外 |
上の左下のグラフを見てください。S,M,Lはそれぞれ青錐体、緑錐体、赤錐体です。縦軸のabsorbanceは分光吸収度を示し、横軸のwavelengthは波長の長さを示します。S錐体は青色系、M錐体は緑系、L錐体は赤系の波長を一番吸収しています。桿体の曲線がありますが、500nmあたりを一番吸収し、600nmあたりはほとんど吸収していません。500nmあたりは色でいうと青緑です。青がおよそ435nmから480nm、緑青が489-490nm、青緑が490nm-500nm、緑が500-580nmあたりまでを多く桿体は光の波長を吸収しているといえます。黄緑から橙にかけて吸収率は低く、赤に関してはほとんど吸収していません。
つまり桿体は青から緑にかけての光をよく吸収し、黄緑から橙にかけての光はすこししか吸収せず、赤に限ってはほとんど吸収していないということができます。もし錐体の働きが弱まり、桿体の働きが強まると赤系の吸収が弱まり、青系の吸収が強まるというのは納得です。明所視では桿体はほとんど反応せず、暗所視では桿体は明暗だけで色を感じないので、やはり錐体と桿体が両方働く薄明視において錐体の働きが弱まり桿体の働きが強まることによって青系の色の吸収が高まり赤系の吸収が低まるといえます。
薄明視では照度が下がるにしたがって徐々に色が薄くなり、暗所視では完全に色覚を失い白黒の世界になるようです*4。夕方程度でも薄明視の範囲内*4なので意外と明るいときでも桿体は働き始めているようです。たとえば影になっている部分は青が明るく見え、赤が暗く見えるといった現象も場合によっては考えられると思います。
一番上の黒い曲線が桿体、その下の黒い曲線が三種類の錐体をつなけたものです。縦軸は相対感度、横軸は波長数です。この図は桿体系と錐体系の光覚閾値測定による分光感度の図です。錐体より桿体のほうが感度が高いことがわかります。しかし長波長領域あたり(550nm-750nm)に限っていえば錐体と桿体は同じくらいの感度を持っていることがわかります。
上の図の点線はそれぞれの曲線のピークを示しています。桿体の曲線は500nmあたりにピークがあり、錐体の曲線は570nmあたりにピークがあります。ただし錐体のピークは緑錐体と赤錐体を合わせたものであります。つまり570nmの波長の刺激を受けると緑錐体と赤錐体が両方反応するということです。黄緑に近い反応をします。
桿体は青に近い波長に錐体が強く反応し、錐体は赤や黄緑に近い波長に錐体が強く反応するということです。この違いがいわゆるプルキンエシフトを引き起こします。明所視では赤や黄緑が相対的に明るく見えたのに、薄明視では青や紫が相対的に明るく見えるようになるのです。薄明視では錐体と桿体が両方働いているのでプルキンエシフトが起きます。昼間にほぼ同じ明るさに見える赤い花と青花が、夕方になって薄明視の下でみると赤い花は黒っぽく、青い花のほうが明るく見えるのはこのためです*4。
プルキンエ現象と比視感度曲線
各定義
比視感度曲線:視感度曲線同士を比較したもの。
視感度曲線(しかんどきょくせん,英:spectral luminous efficiency curve):光のエネルギーに対して、人間の目が感じる明るさの程度を示す曲線。人間の目は、等エネルギーの光刺激であっても、波長によって明るさの感じが一様でない。波長555ナノメートルの黄緑色の光をもっとも明るく感じ、それより波長が増しても減っても明るさの感覚は弱くなる。これを視感度といい、横軸に波長をとって表すと曲線となり、これを視感度曲線あるいは555ナノメートルの視感度を基準に相対値で示して比視感度曲線という。視感度には個人差があるので、国際的な約束で標準的な視感度を定めている。これを標準比視感度という*6。
比視感度(ひしかんど;分光視感効率,英:spectral luminous efficiency):ヒトの眼が光の各波長ごとの明るさを感じる強さを数値で表したもの*5。明所視比視感度と暗所視比視感度の2種類ある。錐体と桿体の分光感度として定義され、放射量から測光量を計算するための関数として利用される。標準分光視感効率には明所視分光視感効率V()(λ)と暗所視分光視感効率V’(λ)があり、明所視と暗所視の測光量を計算するために使い分けられる*3(CIE標準分光視感効率;CIE標準比視感度)。
分光感度(ぶんこうかんど,英:spactral sensitivity):光の波長に対して感度がどのように変わるかを表したもの。光センサーに入射する光の強度に対する出力の比を波長の関数として表したもの*1。
明所視における分光視感効率
上の図は明所視における標準分光視感効率です。縦軸は相対感度、横軸は波長数です。人間が明所視において一番明るく感じる波長は550nm近くにあります。分類にもよりますが黄緑に近い波長です。同じ光の強さでも青より赤、赤より緑、緑より黄緑といったように人間の知覚的な明るさに関する感度は違うということです。明所視においては主に錐体のみが働いていて、桿体は働いていません。
一番明るく感じる550nmあたりの波長を1として正規化したものが上の図です。紫から青(400-500nmくらい)は0から0.2と黄緑の1/5程度しか明るさを感じないということです。赤は610-700nmあたりなので青よりは明るさを感じていますね。緑や橙、黄色といった色はかなり明るく感じます。
上の図は明所視標準分光視感効率と暗所視標準分光視感効率を比較したものです。scotopicとは桿体、photopicとは錐体のことです。錐体の曲線を暗順応曲線、桿体の曲線を暗順応曲線ともよびます。先程錐体では550nmあたりが一番明るく感じると学びましたが、桿体では507nmあたりを一番明るく感じます。この差がプルキンエシフトを生じさせるわけです。明るいところでは黄緑や赤、橙といった色を一番明るいと知覚していたのに、暗いところでは青を一番明るいと近くするようになるということです。これは知覚的な現象であり、物理的に波長の強さが変化したわけではありません。
プルキンエシフト表
明るいところ | 暗いところ | |
---|---|---|
紫色 400~435 | 暗く感じる | 明るく感じる |
青色 435~480 | 暗く感じる | 明るく感じる |
緑青色 480~490 | 暗く感じる | 明るく感じる |
青緑色 490~500 | 暗く感じる | 明るく感じる |
緑色 500-560 | 525nmを境にして変化する。青よりの緑の場合は暗く感じる。黄色寄りの緑の場合は明るく感じる。 | 明の場合は明るく感じる。黄色寄りの緑の場合は暗く感じる。 |
黄緑 560~580 | 明るく感じる | 暗く感じる |
黄色 580~595 | 明るく感じる | 暗く感じる |
橙色 595~610 | 明るく感じる | 暗く感じる |
赤色 610~750 | 明るく感じる | 暗く感じる |
かなりざっくりですいません。もちろん変化量は波長によって違います。赤色や橙は最大0.8あったのに0.05近くまで落ち込んでいるので顕著な変化だと思います。青色も最大で0.1程度だったのが0.8近くまで伸びているので顕著な変化だと思います。黄色も1近くから0.01程度まで落ち込んでいるので大きな変化だといえます。
緑青、青緑(480-500nm)に関しては5倍程度増えていますので中程度変化と言えます。緑色は範囲のとりかたにもよりますが青に近い緑は2倍に増え、黄色に近い緑は半分程度に減っていますので少程度の変化といえます。黄緑は550nmあたりと解釈される場合もあるので解釈次第となりますが、日立さんの場合は560-580nmなので半分程度に減り、小程度の変化と言えます。
いずれの変化にせよ2倍近く変化しているのでかなり顕著な変化だと思います。ただし錐体と桿体が両方働く場合その割合がどの程度かによってプルキンエシフトも変わってきますので注意してください。夕方と月夜では錐体が働いていますが、どれくらい働いているかといった割合は変わってきます。より暗くなればシフトが大きくなると考えておけばOKだと思います。しかし暗すぎると色を知覚できないので注意する必要があります。
プルキンエ現象とベツォルトブリュッケ現象、そしてアブニー効果の関連性
プルキンエ現象は明るいところと暗いところでは色の明るさに対する感じ方が異なるというものでした。ベツォルトブリュッケ現象は輝度の変化が色相の変化に影響を及ぼすというものです。アブニー効果は彩度(飽和度)の変化が色相の変化に影響を及ぼすというものです。
ベツォルトブリュッケ現象は明所視においても色相の変化を感じることができます。強い光が当たっている葉っぱは黄色く感じ、あまり当たっていない葉っぱは青く感じるといったものです。プルキンエ現象では明所視と暗所視の違いによる明るさの感じ方の変化なので明所視では桿体が働かず変化を感じません。アブニー効果は一定の輝度という条件のもとで彩度の変化により色相の変化が観察されるというものです。
それぞれに共通していることを簡略化していうと、プルキンエ現象は色相と明度がお互いに関係しあっている、ベツォルトブリュッケ現象では輝度と色相が関連しあっている、アブニー効果では彩度と色相が関連しあっているということになります*7。
通常は彩度が変化しても色相は変化しませんし、明度や輝度が変化しても色相は変化しません。しかし変化したように知覚できるというのが3つの現象なのです。これは物理的に変化したというよりも、人間の生理的・知覚的な構造によって波長の捉え方が変わるといったものです。
絵を描くこととプルキンエ現象との関連性
弱い照明の下では青が目立ちやすく、赤が目立ちにくいという現象は絵を描く際に活かすことができます。
イギリスの画家のドーヴ(1841)という人は黄昏から夜へ移るときの色の見え方を観察し、赤の色相がまず消失し青が最も消失しにくいと述べているそうです*2。
池田・芦澤さんの実験では真っ赤な色(5R 4 /14)と灰みの薄い青(10B 5/2)の2つの色票の明るさが照明の強度を変えるとどのように変化するかを観察し、1000ルクス(曇天化の照度)では赤は青よりずっと明るく見えますが、101ルクス(夕方の照度)ではどちらも同じ明るさに見え、0.01ルクス(三日月)では赤は青より明らかに暗く見えたことが示されたそうです*2。
プルキンエは夜の暗黒では赤や黄色はもっとも暗い灰色に見え、夜明けに最初に見える色は青であるといっています*2。
人間の色に対する知覚を考慮すれば、薄暗い場所をイメージして絵を描くときは青を明るく、赤を薄暗くといったように塗り分けると効果的ではないかと思います。他の色相に対しても短波長側の色は少し明るく、長波長側の色はすこし暗くといった色の変化を絵を描く際にしてみるといいのではないでしょうか。
参考書籍
1:「色彩用語辞典」日本色彩学会(東京大学出版会)
2:「色彩学概説」千々岩英彰(東京大学出版会)
3:「色覚の原理と色盲のメカニズム」https://www.nig.ac.jp/color/barrierfree/barrierfree1-3.html
4:「色彩光学入門」定量的な色の理解と活用,篠田博之,藤枝一郎(森北出版株式会社)
5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E8%A6%96%E6%84%9F%E5%BA%A6
6:https://kotobank.jp/word/%E8%A6%96%E6%84%9F%E5%BA%A6%E6%9B%B2%E7%B7%9A-1541610
7:https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol28.html
引用画像
1:https://kagakucafe.org/shinoda170610.pdf
2:https://slideplayer.com/slide/4179282/
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