【パース(一点透視図法)】視心とはなにか?一点透視図法において消失点は絵の中央にあるべきか?


「一点透視図法では、消失点は必ず絵の中央にとる」のか?

 

一点透視図法:消失点が1点だけの透視図法

 「一点透視図法では、消失点は必ず絵の中央にとる」という文章はロビー・リーの「パース教室」(ボーンデジタルインク)という本の14Pにあるものです(以下r,pとする)。

 私はこの意味が分かりませんでした。

一点透視図法に関する疑問:消失点はどこにおけばいいのか?

この疑問について本記事で解消したいと思います。なお言葉の定義については参考文献から引用して正確に検討したいと思います。

結論から言えば「消失点は画面の中央にとる」は合っていると思います。ただ視線を動かしたりトリミングをすることによって消失点が画面の下にあったり、画面外のようにあるように「見える」だけということですね。トリミングした画面の中央に消失点がある必要はないんです。

要点

1:一点透視図法の消失点は必ずしも画面の中央でなくてもいい
2:消失点が画面中央から離れるほど広角の絵になってしまうので、なるべく中央付近に取るほうがいい
3:構図的な理由で消失点をずらしたほうがいいこともある

一点透視図法において消失点は水平線上に置かれる

 まず前提として一点透視図法において消失点は「水平線」上におかれます。水平線は地平線と言い換えてもいいです。HL(horizontal kine)ともいいます。

水平線(HL)とは:画面を横切る水平方向の線。この線の位置が観察者のアイレベルと一致する

この定義はスコット・ロバートソンの『HOW TO DRAW』という本の202Pの定義です(以下s,hとする)。  つまり、一点透視図法において消失点は水平線上にあり、観察者のアイレベルと一致するということです。

一点透視図法において消失点はアイレベルに置かれる

 さて「アイレベル」とは日本語でいうと「視高」、あるいは「視心」とも呼ばれています。

アイレベル(Eye Level)とは:目の高さの線、またはHL(水平線・地平線)=画面における視点の高さに等しい水平線(地平線)をいう(『現代パースの基本と実践』山城義彦,20p 以下g,y)。

視線の高さと視点の高さ(視高=アイレベル)の違い

 アイレベルとは、目の高さの線です。だれの目かというと、観察者の目です。観察者とは、たとえば絵を描く人間のことです。立点という言葉もあるので説明しておきます。

 

立点(Stand Point)とは:観察者が描く対象を観察する定点。高さは非常に高い場合もあれば低い場合もある。ハイアングル、ローアングル等(s,h,203P)。観察者の足元(p,f)。

視線(Line Of sight)とは:目の中心から、目が焦点を合わせているオブジェクトへと延びる直線(s,h,202P)

視点(POV,Point Of View )とは:観察者が被写体の観察を行う位置(s,h,202P),観測者の目の位置(p,f)

こうした言葉を絵で説明しようとすると私の手に余ります。要するに絵を描いている人を、描けばいいわけなんですけどね。s,h,22Pを参考に描いてみます。

 オブジェクトというのは「対象で」すね。ここでいう絵の対象は四角形です。絵を描く際には実物としての対象である四角形を、絵(画面)に写し取るということです。画面とはここでは「絵の一番手前に存在する平面(s,h202)」を意味します。

 観察者が立っている点を、立点としていいのかもしれません。そして観察者の視線の高さ(地面に平行)が、視高です。だから観察者の目の高さ=水平線の高さなのです。

「なまけた絵描きの落書き帳」という清水さんのブログでは、この視線と目の高さについての興味深い説明がされています。また、こうした説明はパースフリークスさんの説明が一番詳細だと思います。この記事に終わりに参考サイトをすべて載せておきます。

 まず清水さんは「アイレベルというのは目線の高さです」と言いながら、その説明は不正確で、正確に言えば「カメラを固定している高さ」であるといいます。 

 すこしややこしいのですが、復唱するとアイレベルというのは「目の高さ」でした。ここで目というのが視線の高さなのか、目ン玉の高さなのかが一見不明瞭です。視線がいくら動こうが、ぎょろぎょろ動かそうが目ン玉自体が上に飛んだり下に飛んだりするわけじゃないですよね。

 つまり、「目の高さ」とは「視線の高さ」ではないのです。視線が高いからと言って、目が高いとは限らないというわけですね。先程の絵をつかってすこし考えてみます。

 

立点と水平線についての詳細な説明がs,h,27Pであるのでそこを参考に説明していきたいと思います。

ご覧の通り、視線を変えても水平線の位置(黄緑色)の線は変わりません。観察者の目の高さ(視高、アイレベル)が変わってないからです。この場合は画面の絵も大きく変わります。このままではありませんが、ここでは絵を変更しません。視線が変わっても目の高さは変わらず、水平線の位置も変わらないということろだけを抑えてください。

もし立点や目の高さが変われば、当然水平線の位置も変わります。おそらく正確な絵ではないですが、水平線の位置が変わるということが分かればいいと思います。

同じような説明をわかりやすく清水さんの方でしているので引用します。

 
空間を理解するには、目で見ているのではなく、設置したカメラで見ているというように考えます。

この図を見てください(分かると思いますが、高層ビルの絵です)

図の色がついている部分がカメラで撮影されているエリアです。
右は横から見た図、赤いラインがカメラを設置した高さ(アイレベル)です。

ではカメラを上に向けてみましょう。
アイレベルは下に行ってカメラの画角から出て行ってしまいました

 カメラの視線は変わっているのに、高さ自体は変わっていません。したがって、アイレベルも変わらないというわけです。「アイレベルは下に行ってカメラの画角から出て行ってしまいました」といって、視線の変化で画面(=絵)が変わるといううまい説明だと思います。

 アイレベルは「固定」されているというのがポイントですね。また。視線の変化で「絵によっては画面の外にアイレベルが行ってしまうことがある」というのもポイントです。 

 

 「一点透視図法では、消失点は必ず絵の中央にとる」という文章の謎が溶けた気がします。この文章によるとどんな絵にも必ず中央にアイレベルがあることになるからです。え、アイレベルが絵の下にあったり、あるいは絵の外にある場合もあるじゃん!!!というのがそもそもの疑問でした。

 正確に言うと、たしかに絵の中心にはアイレベルがあるのですが、視線を動かすことによって「トリミング」しているのだと思われます。このトリミングについては次の項で扱います。

一点透視図法におけるトリミングについて

トリミングとは:「写真で、焼付けまたは引伸しのときに、画面の不要な部分を除いて構図を整えること(google辞書)」

 このトリミングは一点透視図法における画面(=絵)にも使えると思います。トリミングする前の画面を、画面とした場合、トリミング後の画面をトリミング画面とします。

 まずは適当な一点透視図法の絵を描いてみます。この画面においては消失点が画面の中央にあります。これをトリミングしてみます。

 

 ピックアップと書いてありますが、トリミングです。さてトリミングされたこのトリミング画面の中央には消失点がありません。画面の中央に消失点があるからいいのです。ややこしいですが、ここでは画面とトリミング画面を分けています。画面には中央に消失点がなければいけません。

 視線を上に動かしてトリミングしてみましょう。

 

 もっと上に動かしてみます。アイレベルが画面外にいくくらい動かしてみます。

 

 こういう絵があっても間違えではないということですね。

 こういう絵があってもいいのです。これは最初からトリミングしたものとして絵を描きます。

実際の画面はこうです。

 

もっと視線を上に動かしてみます。こんな絵になるかもしれません。

 

 

 なんとなく理解できました。カメラの固定と、トリミングがキーワードですね。

 

つまり、「一点透視図法における消失点は必ず画面の中心点(あるいは鑑賞者の目線を誘導したい点)になる」と云うことが出来る。(kndy)

 

 

「消失点、アイレベル、が画面中央にない絵は原則トリミングしている」(d,p)

 

視心と一点透視図法の関係について-なぜ中央に画面がきたほうがいいのか-

 

視心とは何か

視心とは:視野の中心方向

間やカメラの視野は便宜上円錐に例えられることがあります。 すなわち、視野は一定の範囲を持ちます。視心は視野の中心方向を指す言葉であり、 図形的に言えば、視円錐の中心軸のことです。(p,f)

この記事では視野や視円錐について深く扱いません。別記事でまた考察します。先取りを少しすると、「一点透視法は歪みがきつくなる傾向があります。歪みがきつくなりすぎないように、視円錐は50°以内に保ちましょう(p,h,23P)」だそうです。これがどういう意味か理解できるまで次回学んで記事にしたいと思います。視円錐についての理解ができれば、どこまでトリミングしていいのか?どこまで消失点をズラしていいのか?どこまで画面外に水平線をおいていいのか?という許容範囲も導き出せるかと思います。

Remi’s Essayというパースフリークスの管理人さんが書いているブログに視心について、そしてなぜ一点透視図法において画面の中央に消失点があるほうがいいかについて説明されています。

ここでは「視心は原則として画面の中央に配置してください」と書かれています。

つまり画面の中央に消失点を設定してくださいということですね。

しかし、「視心を中心からずらした方がいい場合」があるといいます。それは構図の都合上、描きたいものを中心にして描く場合だと思います。これはKNDYさんの「一点透視図法における消失点は必ず画面の中心点(あるいは鑑賞者の目線を誘導したい点)になる」と重なりますね。つまり、構図の都合上鑑賞者の目線を誘導したい場合は、視心(中央の消失点)をズラしてもいいのです。あるいはトリミングしてもかまわないのです。

 

なぜ中央に画面がきたほうがいいのか

パースフリークスの管理人さんに質問した内容も併記します。

要点

 

質問1「パース教室」という本で、一点透視図法では、消失点は必ず絵(画面)の中央にとると書かれています。この意味が分かりません。たとえば絵の下側に水平線をひいた場合、そのなかに1点消失点をとります。この絵は一点透視図法ではなくなるのでしょうか?

解答「いずれの場合も一点透視図法になります。」

質問2「この本では絵の中央に引く説明として、「水平線が真ん中にあるのがわかるかな?一点透視図法の場合、対象をまっすぐ見て描くのだから、当たり前だよね」と記述されています。この意味もいまいち理解できません。」

解答「カメラ的に考えると、厳密に水平を出して撮影を行えば、水平線は写真の中央に来ますので、その意味では間違いではないです。
逆に水平線が写真の中央に来ていない場合は、その写真は二点透視図あるいは三点透視図です。
しかし、これはカメラの場合の話で、人が描いた絵の場合は、必ずしも水平線を中央に置く必要はないです。
これは写真でいうところの、写真の一部をトリミングした場合に相当します。
例えば一点透視図の写真の下3分の2だけを切り出せば、一点透視図を維持しつつ水平線が中央に来ないものが作れますよね?」

 

全体に対する解答

「結論から言いますと、一点透視図法の消失点は必ずしも画面の中央でなくて構いません。
極論を言えば、画面の外にとっても構わないのですが、
消失点が画面中央から離れるほど広角の絵になってしまうので、なるべく中央付近に取るのが望ましいです。

「パース教室」という本は読んでいないのですが、おそらく著者の方はカメラを念頭において、
「一点透視図の消失点は必ず画面の中央にとる」と述べているのだと思います。
たしかに普通のカメラを使って一点透視図になる向きで撮影をすれば、消失点は必ず写真の中央に来ます。

絵の場合も、理想を言えば一点透視図の消失点は画面中央にあるのが望ましいです。
しかし、構図的な理由で、画面中央からずらして消失点を置きたいこともままあります。
なので、私としては「必ずしも画面中央でなくて良いですが、なるべく中央付近にとってください」と回答します。」

おまけ(頭を傾けた場合一点透視法はどうなるのか?)

 結論から言えば、頭を傾けると三点透視になってしまいます。一点透視法は視線が地平面と平行でなければいけないからです。三点透視は難しいのでまだ扱いません。

 

参考・引用サイト

なまけた絵描きの落書き帳

パースフリークス(p,f)

https://www33.atwiki.jp/kndy/pages/31.htmll(kndy)

知恵袋

知恵袋2

■第1回 パース君講座 アフターレポート(d,p)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PR

超おすすめゲーム↓

刀剣乱舞はかなり面白いのでぜひやってみてください。


刀剣乱舞の始め方はこちら 

Twitter でフォロー

作業時間

ページ上部へ戻る